
今日は、依田塾で、日曜日の塾長講義でした。
15人ほどの子供が集まり、付き添いの大人の方も入れると20人ほどになったので、かなりにぎやかでした。
1時半から2時半までの、前半の部はいつも通り手筋の話をして、3時から4時の後半の部は、布石や、局面の考え方、可能性、ゆるい利き筋について話をしました。
前半の手筋の話は、同じ系統の手筋でも色々形を変えて出題していますが、ビジュアル的に急所は同じだから、入門レベルでも、すぐに急所はわかります。
後半の布石の考え方の話で、使っている、僕の造語である「ゆるい利き筋」は、
例えて言えば、可決されて、今話題になっている、問責決議案のようなものですかね。
法的拘束力がなくても、うっとおしいと、いう感じです。これが、世論との両ガラミになりますと、さらに効果があるということになります。
野党もこのゆるい利き筋を使って主導権を握ろうとしているわけです。
碁では、ゆるい利き筋を利用して、模様を拡大したりしますが、似ているような気もします。
これに対して、アタリとかの、直接的な利き筋が、不信任決議案ですね。これが可決されますと、総辞職か解散のどちらかを強制的に選ばなくてはいけませんからね。
他にも、「外交カード」と言われるようなものは、ゆるい利き筋だし、
任命権などの人事権や、権限は直接的な利き筋です。
こう言うような、カード(利き筋)は、手順や時期を考えて、切らないと、相手が受けてくれるから気持がいいという理由で打っていると、
「アタリアタリのヘボ碁かな」ということになります。
どんな分野でも、権力や権限(利き筋)を持った人間は特に、「アタリアタリのヘボ碁」にならないように気をつけないと、いけないと思います。
昔、西郷南州が、「官位も名誉も金も命もいらないという人は始末に困るけど、この始末に困る人でなければ、国家の大事を任せることはできない」という意味のことを言っていますが、
これは、官位とか、名誉や、お金が利き筋になるような人に国家を任せることはできないという意味に、僕は解釈しています。
地位や名誉やお金で、転ぶ人が権力を持つと、国の形が歪になってしまうという意味だと思います。
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