
本棚の中のものを見ていたら、僕が小学5年か6年の頃に人から借りた碁の本を書き写した棋譜が出てきました。
僕がプロ棋士を目指し、北海道から上京して叔父の家にお世話になっていたころです。
今から32年ほど前のことです。懐かしいですね。
叔父の家にいた頃は勉強する碁の本が少なかったので、このようなことをしていたのでしょう。
書き写した棋譜の中の一局に、明治3年の、中川亀三郎対小林鉄次郎、場所は大久保参議邸とありますから、大久保利通の家で打たれたのでしょうね。
この時代で一番有名な棋士は秀甫ですが、秀甫に次ぐ打ち手と言ってもこの二人を知っていたらかなりのマニアでしょうね。
一年ほど叔父の家にお世話になった後に、安藤武夫先生の内弟子になってからは、棋譜を書き写すようなことは無くなりました。
なぜかと言えば、先生の家にはたくさんの打ち碁集があったからです。宝の山に思えましたね。
特に僕は学校の勉強ができなかったので、大人からは「お前は碁が強くならなかったら、箸にも棒にもかからない」と言われていました。
僕が「どういう意味ですか?」と聞くと、「うどんだって、箸にかかる。それくらい役に立たないという意味だ」と説明されました。
だから僕は一生懸命碁の勉強をしました。
学校の勉強ができなくて僕は本当に幸運だったと思います。
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